これからの地域との関わりあい
マンションの理事、町会の御神輿等、地域の方と接しているとどうも時代にそぐわないことが多く見受けられる。また考え方がアナログな方が多い。
町会の行事に参加していると地域住民が意外とイベントを知らなかったりすることが多い。当日知ることは私でもある。当然告知なしにやっているわけではなくしっかり街角にあるリアル掲示板に貼り出されている。
「誰が立ち止まって見るんだよ」
管理会社や同じマンションの住人にも言ったことあるが、町会アプリ、マンション組合アプリを作ってはどうかと思う。マンション組合アプリは管理会社の考え方一つで何とかなりそうだが、町会はそう簡単にはいかない。小さい町会が素人ながら運営してもうまく行くはずがないのでやるなら税金使ってちゃんとやった方がいい。
スマートフォンにアプリの時代であれば知りたい地域情報をリアルタイムに知ることができる。地域のイベント、訃報者情報、町会費集金&会計、警察&消防との連携、考えればいくらでも思い付く。
App Storeで探すといくつか町会アプリが実用されている。セキュリティ等の問題もあるかと思うが慣れてしまえばこんな便利なものはないと思う。町会の高齢化が進化を阻むわけだが産みの苦しみを味わうのは一個人としては願い下げ。
こんなことだからこそ政治が解決すべき事案だと思う。ジジイババアの未来ばかり謳う政治家より未来ある若者に向けて実行力のある政治家はいないものだろうか。
心に響く言葉3
処女は人気があるのに童貞は人気がない。それは「攻め込まれたことのない城」と「攻め込んだことがない兵士」の違いと同じ。
心に響く言葉2
勉強とは他人が研究した結果を学ぶもの、研究とは他人が勉強可能な状態に仕上げること。交互にやることで学問や知識が広がる。
若気の至りと老害
社会人になって20余年。業務や対人関係、お金、コンプライアンス遵守など経験を積んでいくことで世界観が広がっていく。それは誰しもが感じることだと思うが、これが何を意味しているのかというと、経験というものは選択肢を増やしていることに他ならない。選択肢というものはあらゆる岐路に立たされた時の基準となる己の指針である。己の選択が正しいか正しくないかは己の選択肢の中でしか図り得ない。
若気の至りという言葉は結果はどうであれ選択肢の幅の広さを意味しており若さゆえの選択幅の狭さを表しているのではないか。
子供が生まれて四年弱。数年後に訪れる初等教育で養われる教育では知識の詰め込みしか行われないのではないかと考えるとあらゆる子供の好奇心に真摯に向き合わないと選択肢は増えないのではないか。そう考えると突拍子も無い子供の言動に対して大人である親が一辺倒の受け答えでは子供の成長が止まってしまう。自由に育てながら躾はしっかりしていきたい。
とりあえずこの前見かけた電車の優先席でのご老人が横柄な態度で弱者を演じてしまうような大人にはならないよう日々過ごしたいと思う。
ペースメーカーをつけているんだから(自称)携帯電話の電源は切りなさい、と優先席を立ち2メートル離れた私に掴みかかってきた時には「お前の自殺行為に責任を押し付けるな。お前が電車を降りろ。迷惑だ。」と言いそうになった。
ペースメーカーの企業が携帯電話の電波に影響が出るような機器をそのままにすると思うのか。ペースメーカーのバッテリーが何年で切れて何年に一度更新する必要があるのか本当にペースメーカーをつけているのであれば知らなければならない情報だ。まぁ若者に文句を言いたいだけの老人だったんだろう、としか思えない。こんな老人にはなりたくないな。
これからどんな自害がきてどんな自分になっていくのか不安であるが楽しみだ。
我が社の不満
システム部が各部署で抱える無駄な業務に手を掛けない。巨大な会社ほど陥る罠。
労働時間を制限するのではなく労働時間を個々人に決めさせろ。働きたい奴はとことん働け。時間通りに帰りたい奴は帰れば良い。
適材適所を理解していない。
社員の教育に金と時間と人材をあてない。
どうでもいいことに金をかける。
一番頭にくるのは「システムが業務の邪魔をする」こと。もはや本末転倒。細かいことを書いてもしょうがないがとにかく業務の邪魔をする。時間が掛かっているのに手伝いもしない。私の仕事は部署内の仕事をこなすこと。システム部の仕事は全ての部署のシステムを正常に整えること。職務怠慢に他ならない。